新しい私になって
TVから聴こえてきた歌声に何気なく振り返ってみると、女性が洗いたての顔に
ゆっくりと化粧水をつけていた。少し微笑みを浮かべた清清しい表情で。
バックに流れているのは気負いのない柔らかでシンプルな女性の歌声で、
ストレートな言葉からストーリーが見えてくる。
恐らく失恋したのであろう女性が、洗面台のところで涙を流し、それを何度も
洗い流している。その後、新しい自分に生まれ変わる決心をするように、
ゆっくりと化粧台の前で微笑んでいる。
とても美しくて印象的なCMだと思った。
これは資生堂の企業広告CMで、偶然テレビでこのCMの撮影現場のドキュメント
番組を見た。CMの女性はマイコという初めてCMに抜擢されたモデルなのだそうだ。
監督はこのCMの大切なポイントは涙であると考え、彼女の本当の涙を待つことにした。
初めてのCM、それだけでも不安があるだろうに、本物の涙を流さなくてはいけない。
彼女が鏡を見つめて様々な思いを錯綜させているとき、監督をはじめ、
スタッフ全員の視線が彼女に注がれる。
私もテレビの画面を通じて息を詰めて彼女の涙を待ってしまう。
いくらかの時間の後、彼女は流れた涙をゆっくりと水で洗い流し、タオルで拭いてから
鏡の中の自分の顔をじっと見つめている。
そして再びこみ上げそうになる涙を振り切るように、もう一度洗い流す。
監督はあんなに待った涙をCMには使用せず、洗い流すところから見せた。
けれども見ている私たちには、彼女の流した涙が切実に伝わる。
彼女の清清しい微笑のラストシーンのバックに歌が流れる。
こんな時いつでも涙を拭いてくれた母さんは 今はいないから
忘れます 忘れます 新しい私になって
何十秒かのCMの中で何をどんな風に伝えられるか、それは単に情報量でも
強烈なインパクトでもないことを、このCMが教えてくれた。
当然だと納得できることだが、このCMは今とても話題になっているらしく、
このCM曲も急遽フルバージョンのCD発売が決定したそうだ。
シンガソングライターの熊木杏里が歌うフルバージョンのこの曲も
是非聴いてみたいと楽しみに待っている。
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