何故音楽を聴いているんだろうと考えることがある。
慰められようとしているのか、時間つぶしなのか、
ただ音楽を聴いている場合もあるし、音楽を通じて人を感じようとしていることもある。
全く理由はわからないのだけれど、
私は「聴きたい」と思うと、一曲だけをずっとリピートする癖があって、
好きなミュージシャンの楽曲でもまんべんなく聴かず、かなり偏る。
極端な例では、ギタリスト村冶佳織のアルバム「カヴァティーナ」は
表題曲の「カヴァティーナ」しかほぼ聴かない。
その代わり、10回でも20回でも繰り返し聴いたりする。
だから「音楽」という媒体を通しての何かを求めているというより、
やはりその音そのものに何かを求めているのだろうとは思う。
ところで、今年に入って一番聴いているのはエレファントカシマシの最新アルバム
「Starting Over」
エレカシのアルバムをじっくり聴くのはかなり久しぶりのことなので、ちょっと驚いた。
昔はもっと激しく攻撃的に、全身全霊をこめて叫び、問いかけ、投げ掛けるような
そんなイメージがあった。
私が知らないもっと以前には相当暴れて毒づいていたらしい。
もちろんそんなものばかりではなく、静かに語りかけるようなものも以前からあったし、
一概には変わったとはいえないかもしれない。
でも以前よりもずっと近いところで語りかけられている気がするのはなぜだろう。
10代から30代にかけてのそれぞれの時間でのそれぞれの思いが、
とても優しく繊細にかつ力強く語られている。
わかりやすい言葉で書かれているけれど本当のところはわかりにくい、
それが私にとってエレカシ宮本の魅力なのだけれど、テレビ番組などで表れる
彼の話の難解さは尋常ではない。
果たして相手の話を聞いているのか?と疑問に思われるほど、
問いかけにたいする答えがなく、自分の言いたいことをマシンガンのように話し続ける。
でもそれは自分の主張を無理やり通そうとしている押しの強さとは対極で、
相手にできるだけきちん伝えたいという思いが常に前のめりなので、
言葉が思いについていこうと、整理されないまま次々に投げかけられ、
本人にも収拾不可能になっていたりするだけに見える。
それは弱さでもある。
そしてその弱さが結構好きだったりする。
(媒体やインタビュアーによってはかなり落ち着いて整然とした話し方をする場合も
往々にしてあるので、リラックスしていると結構出来る人なんだね~という
意外な驚きを与えられてしまうことがあるのが面白いのだけど。)
今のヘビーローテーションは「リッスントゥーザミュージック」
でも「さよならパーティー」もとてもいい。
彼の壊れるようなファルセットは賛否両論あるみたいだけれど、
私は彼の声はかなり魅力的だと思う。
振り絞るような声も、突き抜けるような伸びやかな声も、
彼の攻撃性と内省的な側面との両極性の表れなのかもしれない。
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